マイクロソフト再興の立役者サティア・ナデラ

かつて全盛期は過ぎたと評されたマイクロソフトの復活の秘密は?

産業化の初期段階では誠実で訓練された人材がたくさん必要になる。この時代には学力の高いエリートグループが海外の事例をベンチマークして、正確なミッションとそれによったマニュアルを提供するだけで特に問題がなかった時代だった。だが、今の世の中は変化がどんどんはやくなっている。

OSの圧倒的シェアを背景に、IT業界の頂点に君臨していた米マイクロソフトだったが、モバイルやクラウドなど新しい技術分野への対応の遅れという高シェア企業が陥りがちのパターンにはまり、社内には停滞感があった。そんな中、2014年2月にCEOに就任したサティア・ナデラは、組織文化の再構築を最優先事項に掲げ、数々の改革に取り組んだ。その結果、マイクロソフトは再び輝きを取り戻している。企業に変革が求められる今、マイクロソフトの復活の立役者サティア・ナデラのナデラの経営手腕と復活戦略から日本企業の経営者やこれからの若者たち参考になるものがあるだろう。

創業者ビル・ゲイツの後を受けた2代目CEO、スティーブ・バルマーはハーバド大学出身でビル・ゲイツの友達でもあった。


スティーブ・バルマーがマイクロソフトのCEOに就任した2000年は、マイクロソフト社にとって新たな時代の幕開けだった。バルマーのリーダーシップは、情熱的で直接的なスタイルが特徴で、企業の成長とイノベーションを推進するために多くの戦略的決断を下した。バルマーの在任中、マイクロソフトはクラウドコンピューティング、エンタープライズソフトウェア、そしてゲーム業界へと事業を拡大した。バルマーはビジネスモデルの変革と新技術の採用に積極的であり、特にクラウドコンピューティングとモバイル技術への投資を強化した。イクロソフトの製品ポートフォリオを多様化し、企業が新しい市場に進出するための基盤を築いた。Xboxというゲームコンソールを成功させ、エンターテイメント業界におけるマイクロソフト社の地位を確立した。また、Office 365やAzureなどのクラウドベースのサービスを開発し、企業市場における競争力を高めた。バルマーの時代は、マイクロソフトが従来のソフトウェア会社から、より多角的なテクノロジー企業へと変貌を遂げる重要な時期であった。
だが、スティーブ・バルマーの経営スタイルは、その情熱的かつ直接的なアプローチにより、多くの議論を呼んだ。バルマーのリーダーシップのもとでマイクロソフトは大きな成長を遂げた一方で、内部の対立や外部からの批判も少なくない。特に、イノベーションの速度や新興市場への対応に関しては、バルマーのアプローチが時代遅れであるとの声も上がっていた。
バルマーの時代には、マイクロソフトの企業文化が硬直化し、内部の創造性や柔軟性が損なわれたとの指摘もある。また、GoogleやAppleといった競合他社の台頭に対する対応が遅れたことも、バルマーの経営手腕に対する批判の一因となった。これらの批判は、バルマーの後任者が直面する課題の一つとなる。
スティーブ・バルマーのCEO在任期間中にリリースされたWindows Vistaは、マイクロソフトにとって重要な転換点となった。Vistaは、セキュリティとユーザーインターフェースの大幅な改善を目指していたが、多くの技術的問題と市場の反応に直面した。この経験は、マイクロソフトにとって製品開発のアプローチを見直す契機となった。
Vistaのリリース後、バルマーは製品開発プロセスの改善に注力し、より迅速かつ効率的な開発サイクルの実現を目指した。これは後のWindows 7やWindows 8の成功につながり、マイクロソフトの製品開発能力の回復を示す重要なステップとなった。バルマーの時代は、挑戦と学びの連続であり、マイクロソフトの将来の方向性を決定づける重要な時期だった。
スティーブ・バルマーの時代のマイクロソフト社は目に見える成果中心の競争文化による特定の部門やグループが他の部門やグループよりも自己の利益や目標を優先する傾向が強くこれによる弊害が出ていた。また、自分たちが一番だというエリート意識に固執して世の中の変化に対して鈍感になっていたという。

この時期にマイクロソフト社は長く低迷期にあった。業績が悪かったわけではなくむしろ売上高は年々、上がっていたし、利益も出していた。だが、2014年の時点でマイクロソフト社の「全盛期は過ぎ去った」とひょうされていた。

2014年スティーブ・バルマーの退任に伴い、マイクロソフトは新たなリーダーシップを求めた。後継者選びは、企業の将来にとって重要な決断であり、バルマーと取締役会は慎重に進めた。最終的に、サティア・ナデラがCEOに選ばれ、新たな時代の幕開けを告げた。

サティア・ナデラはCEO就任時に47歳で、インドに生まれ、情報科学の修士号取得のため、21歳の誕生日に渡米。アメリカ中西部やシリコンバレーでの経験を経て、1992年にマイクロソフトに入社した。
エンジニアとしてさまざまなイノベーションを主導してきたが、哲学的な信念を持ち、人々を鼓舞し、ミッションの達成を重視するリーダーとして社内では知られていたという。
ナデラは、マイクロソフトの弱点であったモバイルやクラウド分野で大きな転換を図った。「Windowsだけではなく,すべてのプラットフォームでサービスを提供する」という方針を打ち出し、AndroidやiOS向けにOfficeアプリを提供したり,LinuxやDockerなどオープンソース技術と協力したり,GitHubやLinkedInなど外部企業を買収したりした。また、AIやIoT,MR,量子コンピューティングなど未来技術への投資も積極的に行って、最近では,Chat-GPTの開発元Open-AIとの提携が評価されている。

ナデラは、驚くべきことにマイクロソフトという会社の「ミッション」を変えている。

新しいマイクロソフト社のミッションは、
Empower every person and every organization on the planet to ac hieve more.
「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」

ナデラは就任直後に閉鎖的だった企業文化を変えるのに力を入れた。自社のアイデンティティを見直したのだ。

  1. 常に研究する文化を強調して、成果や売上目標を従業員に求めなかった。その代わりにすべての従業員に常に成長マインドセット(簡単に要約すると「努力すれば自分の能力は成長する」という考え方)を強調した。なぜなら、成長マインドセットを持っている人は自分の能力はより成長できるという信念があるから常に勉強し、新しい技術や概念を学ぶからだという。
  2. 人材を判断する観点の変化、共感能力を備えたリーダーを求めた。従業員に継続的に包容力と多様性を養うことを要求した。これによって成果のために働いていた従業員たちが「どうしたら障害者のために役に立つか」、「性差別を失くすためにはどうしたら良いか」などを考えるようになったという。

マイクロソフトに必要な人材は自分が一番優秀だと思っている人ではない。時間があるかぎり常に勉強して成長すると共にもう一歩進み、構成員の多様性を認めて包容することができる人だとサティア・ナデラは言っている。

今のマイクロソフト社はスティーブ・バルマーの功績ももちろんあって、サティア・ナデラの社内文化を変革したことがより大きな成功へと導いたに違いないと思っている。

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