ディエゴ・ベラスケス<ラス・メニーナス>

西洋美術史で一番重要な作品?
ディエゴ・ベラスケス<ラス・メニーナス>の秘密

ベラスケスについて語るためにはまず、スペインハプスブルク王家について話さなくてはならない。

ハプスブルク家はスイス北東部の田舎の伯爵から始まる。その後、政治的特権を得ることや婚姻政策を通じて影響力を拡大した。13~20世紀初まで約600年間ヨーロッパの覇権を制することになる。

ハプスブルク王家の特徴的な問題は、近親婚による遺伝的な疾患だった。ハプスブルク家の君主たちは、権力を保つために他の王室や貴族との政略結婚を好まず、近親者との結婚が一般的だった。この結果、遺伝的な病気や身体的な異常が頻発した。最も有名なのは「ハプスブルク下顎」で、下顎が強調された特徴的な顔立ちを持つ人々が多かったことからその名前がついた。このような近親婚による遺伝的な問題は、王家の健康と後継者の生存に影響を与えた。

スペインを代表するプラド美術館の正門に彫刻像があるディエゴ・ベラスケスは、フラメンコで有名なスペインのセビーリャの貴族家庭で1599年7人兄弟の長男として生まれた。何をやっても優等生だったベラスケスが一番熱心だったのが絵を描くことだった。当時スペインを代表するフランシスコ・バチェーコの工房で12歳から6年間修業して絵画の技術と豊富な教養を身に着けることができた。その才能をバチェーコにも認められ、バチェーコの娘のフアナと結婚する。1623年24歳時にはマドリードに拠点を移してハプスブルク王家のフェリペ4世のお気に入りの宮廷画家として活躍することになる。

プラド美術館には33年王室に仕えた彼の作品がいっぱいあるが、その中で一番目を引くのは<ラス・メニーナス>だ。<ラス・メニーナス>のための部屋が別途用意されている。暗い部屋にこの作品だけ照明が当てられている。

ラス・メニーナスはスペイン語で「女官たち」という意味だ。この作品はスペイン王室の権威と富を象徴するために制作されたが、その真の意味ははっきりしていない。

この作品が特別な絵になる瞬間は近づいて細かく見ている時だ。この絵は当時の対象の形を正確にデッサンしてから丁寧に色を塗るのが一般的でしたが、この作品を近づいてみると袖に付いているレース装飾や金髪は絵具を軽くさっと塗ったにすぎない。が、離れてみるとおかしいなことにその絵具の軽いタッチはレース装飾になり、金髪になる。下絵なしで少ない筆のタッチで対象を表現する記法は後に印象派の画家たちに影響を与えることになる。エドゥアール・マネだけではなく、1957年ピカソは58点もののパロディ画を描き、尊敬の念を示したという。<ラス・メニーナス>のどんな特別なところが人々を魅了しているのか?

1651年フェリペ4世のスペイン王室で王女が生まれる。ベラスケスの代表作<ラス・メニーナス>に出てくるマルガリータ・テレサ王女である。ハプスブルク王家の子孫は虚弱体質で殆ど幼い年で亡くなっていたから、フェリペ4世はこの王女を溺愛する。

1650年代から、ベラスケスはマルガリータ王女の肖像画をよく描く。

マルガリータはオーストリア王室のレオポルト1世と結婚する予定だった。

そのため、ベラスケスはオーストリア王室に送るためにマルガリータの肖像画を多数描く必要があった。

しかし、時期ごとに描いたマルガリータ王女の肖像画を見ていると段々とハプスブルク下顎の特徴が出ている。 ベラスケスが描いたフェリペ4世の肖像画でもハプスブルク下顎の特徴が出ている。

<ラス・メニーナス>はマルガリータが5歳のときに描かれた肖像画だ。

フェリペ4世はベラスケスをすごく気に入って、王子のカルロスが亡くなってその部屋をベラスケスのアトリエとして与えるぐらいだった。この部屋が<ラス・メニーナス>の背景になる場所だ。

ベラスケスは、この部屋を自分が選んだ様々絵で飾る。ルーベンスの「アラクネの寓話」の<パラスとアラクネ>(向かって左)とヨルダーンスの<パーンに勝利したアポロ>(向かって右)が飾られているが、これらの作品はベラスケスの内面を表現していて、両方の絵は神に挑戦してしまい、罰を受ける物語を描いている。

17世紀の絵は、絵は芸術として十分に評価されてない。画家は芸術家ではなく技術者として扱われた。しかし、ベラスケスは神に挑戦する絵を飾り、キャンバスの前に立って私たちを見つめている。自分が何ができるかを見守っていてよと言っているようだ。絵を通じても芸術の境地に達することができると宣言しているようだ。

ベラスケスの胸に描かれた赤い十字架は、その成果の一部で、これはスペインのサンティアゴ騎士団の紋章だ。1658年、30年以上にわたる宮廷画家としての功績が認められて騎士の称号を受けたことを示している。当時の画家の社会的地位を考えるとこれは非常に意義のある斬新なことだった。ベラスケスが騎士の称号を受けたのは<ラス・メニーナス>を完成させてから2年後だからだ。最初に<ラス・メニーナス>を描いた時には十字架は存在しなかったかも知れない。彼はなぜ後で十字架を描き入れたのか?自身の社会的功績を誇示したかったのか?ベラスケスはフェリペ4世を含む、王室のメンバーの多くの肖像画を描いた。彼の肖像画は現実的な描写に優れていて、高い評価を受けていた。ベラスケスがスペイン宮廷にいる限り、ヨーロッパのどの王もスペイン王よりも優れた肖像画を持つことはできないと言われるほどだった。

しかし、この作品はベラスケスが以前に描いたマルガリータの肖像画とは異なる。

11人の人物が登場する大規模な集団肖像画だ。

少し遠くから見ると、大きな四角形とそれよりも小さい三角形の2つが目に入る。

右の柱と天井、左のキャンバスに達する大きな枠が主要な人物たちを囲み、中央には可愛らしいドレスを着たマルガリータが立っている。

マルガリータ王女が一つ小さい三角で、両側の侍女たちは大きい三角の中に入っている。だからマルガリータがこの作品の中で一番重要な人物であることを示している。

右側には静かに伏せている大きな犬と、二人の小人症の人が立っている。

彼らは水や食べ物などの必需品を持ち歩き、いつも王女と一緒にいた人々だ。

その後ろには修道女服を着た女性が警備員と会話している。

この作品でベラスケスは、光を使用して対象に立体感を与えると同時に、私たちが焦点を当てるべき対象を示している。

右から差し込む光はマルガリータを明るく照らしています。

マルガリータの顔も光の方向を向いている。

そのため、私たちの視線は自然にマルガリータに集まることになる。

この作品ではもう一つの光が活用されているが、それは後ろの扉から差し込む光だ。

一人の男性が扉を開けているため、外から光が室内に流れ込み、暗い背景と鮮明な対比を作っている。これにより、マルガリータに囚われた視線が後ろに引き出され、焦点が後ろに移る。

これによって画面に距離感が与えられている。そして、視線を左に少し移動させると、鏡に映った王と王妃の姿が見える。

王と王妃に向かって視線が移ると、多くの疑問が次第に湧いてくる。

なぜ王と王妃が鏡に映っているのか?

それは本当に鏡なのか?

単なる肖像画ではないのか?

多くの学者は、この絵をベラスケスが王と王妃の肖像画を描いている場面と見ている。

その場合は、王と王妃は今、皆さんがいるまさにその場所にいただろう。王と王妃がポーズをとり、正面の鏡に映っているのだ。

マルガリータ王女と侍女たちは作業を見に入ってきている。

しかし、一部の学者は、ベラスケスが描いているのは王と王妃ではなく、むしろマルガリータ王女だと考えている。

この説明に従えば、絵自体が鏡に映ったイメージかも知れない。

ベラスケスは鏡に映ったマルガリータを描いていて、マルガリータはポーズをとっている。

長い時間、ポーズをとることでイライラしているかのように、横にいる侍女がなだめようとして飲み物を渡している。王と王妃は鏡の中で二重に反射されているのだ。

<ラス・メニーナス>はこうした要素が多いため、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。

大きな四角形と二つの小さな三角形の安定した構図の中で、私たちの視線は逆三角形を描きながら忙しく移る。

それだけに、それぞれの感じ方や解釈も異なるだろう。

この作品は作品名も色々だった。1843年プラド美術館で<ラス・メニーナス>と命名した以降に一般的に<ラス・メニーナス>になつた。作品名が色々だったのは人々がこの作品の前でどれだけ混乱したかを示している。

この作品の主人公は誰だろう?マルガリータ王女か?王と王妃か?それともベラスケス自身なのか?

何が正しいのかはまだ分からないから<ラス・メニーナス>は今も興味深い作品となっている。